【モ701形】 モ701〜711
昭和38年のモ351型製造以来、24年ぶり、昭和55年に南海電鉄から分離独立した阪堺電気軌道(株)と
しては初めてとなる新車導入で昭和62年から平成7年にかけて毎年1〜2両のペースで計11両を東急車輛
にて製造した低床ボギー式の14m車です。
初のワンハンドルマスコン(1軸2ハンドル)車で駆動装置は平行カルダン、単位スイッチ式抵抗制御方式を採
用。ブレーキも初の電気指令式を採用したため従来車と比べ制動力があり自動車等の追突防止用にブレー
キランプが装備されています。
車体は白系のボディにブラウンとベージュの帯を巻いた塗装に前面窓まわりを黒にした「ブラックフェイス」の
近代的なイメージで従来にない斬新なデザインで登場しました。
この車両の登場により発生した代替廃車でモ151形、205形、251形の形式が消滅しました。
なお、平成7年製造のモ710・711はドアステップが以前の1段から2段に変更され平成19〜22年にかけて
1ステップで製造されたモ709号以前の2ステップ化改造が行われました。

【上記概要以外の主な改造】
平成17年 行き先表示のLED化
平成22年 モ708号のパンタグラフをZ形からシングルアーム形に換装
【モ601形】 モ601〜607
老朽化した車両の置き換えと冷房化率アップのために廃車になったモ121形の制御器やブレーキなどを流用
して車体などを新製した低床ボギー式の14m車で平成8年に3両、9年に3両、10年に1両の計7両を東急車
輛にて製造しています。
車体、台車、主電動機は昭和62年に登場したモ701形と同様のものなのでモ701形と外観上の違いは殆ど
見分け付きませんが制御器、ブレーキはモ121形の機器を再利用しているためモ701形のワンハンドルマス
コンなどが設置された運転台と比べ手動加速式マスコンや空気弁を直接操作するブレーキに種車の面影を
残しています。なお、前照灯傍のブレーキランプはブレーキをモ121形から流用している事でモ701形ほどの
制動力が無いとの理由で省略されています。
ドアステップは平成7年に製造されたモ710号以降に導入されている2ステップを当初より採用されています。
この車両の登場で夏期昼間の冷房化100%を達成しています。

■再利用 機器の種車
モ601
モ602
モ603
モ604
モ605
モ606
モ607
モ122の機器再利用
モ124の機器再利用
モ126の機器再利用
モ125の機器再利用
モ127の機器再利用
モ129の機器再利用
モ123の機器再利用

【上記概要以外の主な改造】
平成17〜18年 行き先表示のLED化
平成22年 モ605号のパンタグラフをZ形からシングルアーム形に換装
【モ501形】 モ501〜505
モ101形木造車の置き換え用として昭和32年に5両を帝国車輛にて製造した戦後初の完全新製車で全鋼製
低床ボギー式の13m車です。
路面電車初の空気バネ台車を装備し中空軸平行カルダン駆動の電動機、多段式総括制御器、電空併用ブレ
ーキ(後に空気ブレーキに改造)採用など当時の最新技術を盛り込んだ高性能車でした。車体は昭和28年に
大阪市電に登場した3001型(後の3000型)に似たデザインで当時の流行を感じさせます。
登場時は連結運転を想定して密着式連結器を装備してましたが実際は使用されることなく昭和39〜40年まで
に撤去されています。また、現役車のうち同形式のみフートゴングが装備されていません。


【上記概要以外の主な改造】
昭和51年 ワンマン化および方向幕共通化
昭和57年 暖房装置の設置
昭和60〜61年 冷房装置の設置
【モ351形】 モ351〜355
モ101形木造車の置き換え用として同車の電動機を更新修繕して再利用し昭和37年に2両、38年に3両
の計5両が帝国車輛にて製造された全鋼製低床ボギー式の13m車です。
車体は昭和32年に登場しているモ501形と殆ど変わらないが車掌台の窓がモ501形の下降式から引き戸
に変更(平成13年に1枚固定窓に改造)。駆動装置は釣り掛け式ながらモ501形と同じタイプの空気バネ付
き台車を装備しています。
なお、モ101形から流用された電動機は部品の統一を図るため平成11年にモ161形と同じものを廃車に
なったモ301形から捻出され交換しています。

【上記概要以外の主な改造】
昭和51年 ワンマン化および方向幕共通化
昭和57年 暖房装置の設置
昭和61〜62年 冷房装置の設置

【モ161形】 モ161〜176

電5形として昭和3年に10両、昭和5年に6両の計16両が製造された半鋼製低床ボギー式の14m車です。
登場時は連結運転用の総括制御器と密着式連結器を装備し昭和4年から主に平野線(昭和55年廃止)で
2両連結の運転がされていましたが乗客の減少などで昭和36年に連結廃止され連結器も撤去されました。
また、戦後に制御器を交換して301形へ転出や151形からの転入に加え車番整理があったため車両数が
15両に変わり新製時より車番変更されたものもいます。

昭和一桁生まれの古豪なだけに全車とも車体更新工事を受けてるほか多種多様な改造を経て現在に至っ
ているため登場時とは大きく面影が変わっています。
現役車のなかで唯一の非冷房車のため通常、夏場の運転は朝ラッシュの一部と限定されています。
なお、現在ではモ163・167・169・171〜175の5両が廃車になっており現役車は7両です。

■製造メーカー(製造時)
モ161 〜 モ170
モ171 〜 モ173
モ174 〜 モ176
 昭和3年
 昭和5年
 昭和5年
 川崎車輛
 田中車両
 大阪鉄工所

■車番変更の車両(昭和24〜27年)
モ164 → モ303
モ170 → モ164
モ173 → モ301
モ174 → モ170
モ175 → モ173
モ176 → モ304
モ155 → モ174
モ160 → モ175
 モ301形へ改造(廃車済み)
 車番整理で二代目モ164号に変更
 戦災により電動機・台車等をモ301形へ捻出(廃車済み)
 車番整理で二代目モ170号に変更
 車番整理で二代目モ173号に変更(廃車済み)
 モ301形へ改造(廃車済み)
 モ151形から改造で二代目モ174号に変更(廃車済み)
 モ151形から改造で二代目モ175号に変更(廃車済み)

■廃車
モ169
モ173
モ174
モ171
モ175
モ167
モ163
モ172
平成12年
平成12年
 平成13年 2月
 平成14年 2月
 平成15年 6月
平成25年
平成26年
平成26年


【上記以外の主な変遷】
昭和5年 電5形からモ161形に形式名変更
昭和24年頃 集電装置をトロリーポールからビューゲルに換装
昭和38年頃 連結器撤去
昭和47年 集電装置をビューゲルからパンタグラフに換装完了
昭和50〜51年 モ161〜168ワン・ツーメン化/モ169〜175ワンマン化
昭和59年 暖房装置の設置


ビューゲル、連結器を装備した時代と連結運転する161形の写真
(平野線さよなら記念乗車券より)
 
 
【モ301形】 モ301〜307(全車両廃車)

戦争により被災したモ158号とモ173号(初代)から電動機・台車等を捻出し車体を新造したモ301・302号
とモ151形およびモ161形の制御器を多段式自動制御に改造された5両を含めた計7両の半鋼製低床ボギ
ー式の14m車です。
製造年はモ301・302号が車体を新造した昭和24年で製造所は広瀬車両ですが他の改造車は種車と同じ
製造年・製造所で統一性はない。また、モ161形と同様に密着式連結器を装備しましたが制御器の違いから
相互の連結は出来ませんでした。連結運転が廃止された昭和36年以降は不要になった連結器を順次撤去
され、昭和35年に同じ多段式制御器に改造されたモ151形と実質、変わらない車両となりました。
平成9年以降、余剰や老朽化により平成12年までに全車廃車となり形式消滅しました。

■改造による車番変更(昭和24〜27年) ※全車廃車済み
モ173 → モ301
モ158 → モ302
モ164 → モ303
モ176 → モ304
モ156 → モ305
モ153 → モ306
モ152 → モ307
 戦災復旧による車体新製および電動機・台車等の再利用
 戦災復旧による車体新製および電動機・台車等の再利用
 モ161形から改造でモ303号に変更
 モ161形から改造でモ304号に変更
 モ151形から改造でモ305号に変更
 モ151形から改造でモ306号に変更
 モ151形から改造でモ307号に変更

■製造メーカー(モ301形へ改造時)
モ301 ・ モ302
モ303
モ304
モ305 〜 モ307
 昭和24年
 昭和3年
 昭和6年
 昭和2年
 広瀬車両
 川崎車輛
 大阪鉄工所
 川崎造船所


■廃車
モ301
モ302
モ303
モ304
モ305
モ306
モ307
平成12年
平成12年







【上記概要以外の主な改造】
昭和47年 集電装置をビューゲルからパンタグラフに換装完了
昭和51年 ワンマン化
昭和59年 暖房装置の設置
【モ251形】 モ251〜256(全車両廃車)

昭和53年に路面電車の運転を廃止した京都市交通局より1800形6両を購入して阪堺(当時は南海軌道線)用に
改造したうえで昭和54年より営業運転を開始した半鋼製ボギー式の12m車です。
昭和55年の平野線廃止によりモ205形が大量に余る見込みでしたが電動機は電1形などからの流用と老朽化し
てる事やワンマン化されてなく改造にコストがかかる理由で全廃予定となっていました。しかし、全廃するとラッシュ
時の車両不足が懸念され既にワンマン化改造されていた同車の購入に白羽の矢が立ちました。
阪堺入線にあたり二灯式だったヘッドライトを一灯化して中央に移設、尾灯の移設、ビューゲルのパンタ化などの
改造に加え室内の白熱灯を蛍光灯化、京都市電時代に施行されていたワンマン化改造は阪堺方式に改めていま
す。
走行装置は、直接制御の主制御器や電動機など特に手を加えられず種車のままでしたが、それが災いして他形
式に比べスピードが遅く後続車に追いつかれるなど期待した働きを発揮出来ず使い勝手は良くありませんでした。
その為、モ251形の活躍は短く晩年は予備車的な存在でしたが元京都市電という事で人気があり平成6年8月に
モ256号を京都市電色に復元して平成7年6月まで運転され最後の花道を飾りました。
その平成7年6月にモ253・256号がモ701形の増備による代替廃車となり形式消滅しました。
ただ、モ255号がアメリカで動態保存、モ256は阪堺で動態保存車として余生を過ごしています。

■京都市から阪堺へ(京都市電→阪堺/製造年/製造所)
京都市交通局1844 → モ251
京都市交通局1866 → モ252
京都市交通局1867 → モ253
京都市交通局1868 → モ254
京都市交通局1869 → モ255
京都市交通局1870 → モ256
昭和25年
昭和28年
昭和28年
昭和28年
昭和28年
昭和28年
 近畿車輛
 愛知富士産業
 愛知富士産業
 愛知富士産業
 愛知富士産業
 愛知富士産業

■廃車
モ251
モ255
モ254
モ252
モ253・256
 平成 3年 6月
 平成 4年 6月
 平成 5年 6月
 平成 6年 6月
 平成 7年 6月

【モ205形】 モ205〜250(全車両廃車)

阪堺電気軌道(初代)黎明期に製造された木造客車の電1形・電2形および電動貨車11形より電動機・台車
を流用して当時、経営下にあった南海電鉄の自社工場で昭和12年〜18年、広瀬車両にて昭和22年にかけ
46両を鋼製車体化した11m車です。
なお、台車は高床式のものを使用したので当初、乗降用の折り畳み、または引き出し式の補助ステップを装
備し車掌が操作していましたがミスによる事故多発から早々に使用停止となり電停に簡易安全地帯が整備さ
れました。その台車は後に早期廃車された2両を除きモ101(Brill77E1)・201(南海NT-10)形の廃車や大阪市
交通局から大阪市電で廃車となった1500形(KS-45L)の台車の購入、モ121形へ改造用に購入した1600形
(Brill77E1)から台車を捻出して低床化を実現しています。また、1600形からは電動機もモ205形に換装され
ました。
モ205形はモ205〜モ210の6両が2001形として製造されたものからモ205形に形式変更(モ201〜204
号はモ201形)された車両で当初からモ205形として製造されたモ211号以降で側窓の開閉方法が違うほか、
種車や製造時期または後年の低床化などの改造は多種多様で最大級の勢力を誇った形式だけあってバラエ
ティに富んでました。
その、最たるものがモ246〜248の3両で昭和55年の平野線廃止と全線ワンマン化を控え大多数が廃車と
なりましたがラッシュ時用の車両として購入した京都市電改造のモ251形が期待した働きを発揮できず急遽、
ワンマン化改造され存続しました。
ただ、この3両も小型車のため使い勝手が悪かった事やモ701形の増備により平成2年に廃車となって形式
消滅しています。


■車体製造メーカー(製造時)
モ205 〜 モ210
モ211 〜 モ235
モ236 〜 モ240
モ241 ・ モ242
モ243 ・ モ244
モ245 ・ モ246
モ247 〜 モ250
 昭和12年
 昭和13年
 昭和14年
 昭和16年
 昭和17年
 昭和18年
 昭和22年
 南海天下茶屋工場
 南海天下茶屋工場
 南海天下茶屋工場
 南海天下茶屋工場
 南海天下茶屋工場
 南海天下茶屋工場
 広瀬車両
 電1形の電動機・台車を再利用(2001形から形式変更)
 電1形の電動機・台車を再利用
 電1形の電動機・台車を再利用
 電動貨車11形の電動機・台車を再利用
 電2形の電動機・台車を再利用
 電2形の電動機・台車を再利用
 電2形の電動機・台車を再利用

■戦災復旧(昭和24)
モ232  電動機・台車等を捻出し車体を広瀬車両にて新製

■廃車
モ233
モ227
モ206
モ205・207〜212
モ214
モ213・215〜226・228〜232・234〜245・249・250
モ246・247
モ248
 昭和42年 8月
 昭和42年 9月
 昭和50年 5月
 昭和51年 9月
 昭和55年 9月
 昭和56年 4月
 平成 2年 3月
 平成 2年 5月


【上記概要以外の主な改造】
昭和24年 集電装置をトロリーポールからビューゲルに換装(改造)
昭和47年 集電装置をビューゲルからパンタグラフに換装完了
昭和55年 モ246〜248ワンマン化
【モ201形】 モ201〜204(全車両廃車)

阪堺電気軌道(初代)黎明期に製造された木造客車の電1形の電動機を流用して当時、経営下にあった南海
電鉄の自社工場で昭和10年4両を鋼製車体化した11m車です。
当初、モ2001形として昭和10年の製造に続き昭和12年に6両を製造して10両となりましたが昭和13年に
形式名変更される際に車体寸法等の設計の違いからモ2001〜2004をモ201〜204としてモ201形、同様
にモ2005〜2010をモ205〜210と改番してモ205形に形式変更しています。
また、モ201形は台車も自社で改造して当初より低床化を実現していました。
昭和42年に4両まとめて廃車となり形式消滅しています。


■車体製造メーカー(製造時)
モ201 〜 モ204  昭和10年  南海天下茶屋工場  電1形の電動機を再利用

■戦災復旧(昭和23年)
モ202  電動機、台車などを再利用して車体を広瀬車両にて新製

■廃車
モ201〜204  昭和42年 8月


【上記概要以外の主な改造】
昭和24年 集電装置をトロリーポールからビューゲルに換装(改造)
【モ151形】 モ151〜160(全車両廃車)

電4形として昭和2年に10両を川崎造船所で製造した半鋼製低床ボギー式の14m車です。
登場時はモーターを直接制御する方式だったが昭和35年にモ301形と同様の多段式間接制御に取り替え
られました。後にモ301形が連結運転廃止による連結器の撤去があり両形式で実質、違いのない車両とな
りましたが形式統合は行われず平成元年のモ151形が全車廃車になるまで両形式で存続しました。
戦後は制御器を交換してモ301・モ161形へ転出や車番整理があったため車両数が最終的に4両に変わり
新製時より車番変更された車両もいました。
最後まで残った4両はモ701形の登場で昭和62〜平成元年までに代替廃車となり形式消滅しました。

■車番変更の車両(昭和24〜27年) ※全車廃車済み
モ152 → モ307
モ153 → モ306
モ155 → モ174
モ156 → モ305
モ157 → モ152
モ158 → モ302
モ159 → モ153
モ160 → モ175
 モ301形へ改造
 モ301形へ改造
 モ161形へ改造で二代目モ174号に変更
 モ301形へ改造
 車番整理で二代目モ152号に変更
 戦災により電動機・台車等をモ301形へ捻出
 車番整理で二代目モ153号に変更
 モ161形へ改造で二代目モ175号に変更

■廃車
モ151
モ152
モ153
モ154
 昭和62年 7月
 昭和63年 7月
 平成 元年 1月
 昭和63年 7月


【上記概要以外の主な改造】
昭和24年 集電装置をトロリーポールからビューゲルに換装(改造)
昭和47年 集電装置をビューゲルからパンタグラフに換装
昭和54年 ワンマン化
【モ121形】 モ121〜130(全車両廃車)
元 大阪市電1600形改造車・・・後日記載予定
 
【モ101形】 モ101〜120(全車両廃車)
後日記載予定
 
【モ1形(電1形)・モ50形(電2形)】 1〜63(全車両廃車)

電1形は明治44年に41両、翌45年に11両の計52両を初代の阪堺電気軌道が明治44年12月1日に現在
の阪堺線(恵美須町〜大小路)開業に合わせ製造した木造高床式ボギー式の11m車です。
電2形は大正10年に11両を製造された木造高床式ボギー式11m車で大正4年に合併された南海鉄道によ
る初の新造客車です。
電1形は昭和14年までにモ201・205形への改造や他社への譲渡により形式消滅しています。
電2形は昭和23年までに8両がモ205形へ3両が除籍。なお、車体の一部は鉄道線の電動機、台車と組み
合わせ和歌山軌道線500形に改造して譲渡されています。

■製造メーカー
電1形(1〜10号)
電1形(11〜41号)
電1形(42〜52号)
電2形(53〜63号)
 明治44年
 明治44年
 明治45年
 大正5年
 梅鉢鉄工所
 天野車両
 天野車両
 川崎造船所


形式消滅まで
電1形 3両
電1形 5両
電1形 4両
電1形 4両
電1形 6両
電1形 25両
電1形 5両
電2形 2両
電2形 2両
電2形 4両
電2形 3両
 大正5年に箕面有馬鉄道へ譲渡
 昭和9年に琴平参宮鉄道へ譲渡
 昭和10年に阪堺電鉄へ譲渡
 昭和10年に2001(モ201)形へ改造
 昭和12年に2001(モ205)形へ改造
 昭和13年にモ205形へ改造
 昭和14年にモ205形へ改造
 昭和17年にモ205形へ改造
 昭和18年にモ205形へ改造
 昭和22年にモ205形へ改造
 昭和23年に除籍
 
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